Opening
エーデルシュタインは革地区の川沿い、倉庫が立ち並ぶ一角に、エメトの師匠のアトリエはある。
とはいっても、その辺りによくある細工物や染め物の工房ではない。
魔術師ギルドの一施設──エメトの師匠、オパールは若いながらにギルドの重鎮でもあるタビットのウィザードだ。
「ししょー、今日の昼食はサンドイッチですよー」
午前中の実験が終わり、エメトは寮から携えてきたバスケットを掲げて見せた。銀の髪が一緒に揺れる。
白い毛のタビットは眼鏡を外し、んーと伸びをすると、弟子に問うた。
「あれはある? スモークチキンにー」
「クリームチーズ。もちろんですよー」
オパールの好みは、この数年でしっかり把握済みである。
二人はスクロールや石板、謎の粉が満たされた袋などが侵蝕してきているテーブルをかき分け、食事が載るだけのスペースを発掘すると、傍らの椅子に腰を下ろした。バスケットと共に用意された冷たいお茶のポットを引き寄せて、オパールは口を尖らせた。
「休憩時間はあたしときみは対等なんだし、敬語じゃなくていいって言ってるのに」
「私の敬語は普段からですよー。オパール」
歩んだ年数こそ違うものの同じ魔術師の高みを目指す者同士、そして年もさほど変わらない二人は、打ち解けて互いに友人と認め合うまでさほど時間も掛からなかった。
「……まあ、いっか。お茶美味しいし」
オパールが二人分のお茶を注ぎ、片方に口をつける。エメトはこれまたバスケットの中に入れておいたお皿を取り出すと、形よくサンドイッチを盛った。
ふう、と息をつき、眼鏡を外した瞳に何だか愉快そうな光を浮かべて、オパールは切り出す。
「で、今日はどんな話が聞きたい?」
†
それはまだ、二人が打ち解けたばかりの頃、魔術師ギルドから依頼された、ゴーレムの材料の検分をしながらのこと。
「そういえばきみはどうしてコンジャラーを志したの?
……いや、ハイマンがそういうのに縁があるってのは知ってるけど。きっかけ的な?
あたしみたいに仮初めの命に魅せられた、とかじゃないんでしょ」
タビットらしく好奇心旺盛な彼女は、タビットらしく無邪気に尋いたものだった。
「あー、ちょっと暗い話になりますが」
ハイマンとして生を受けたエメトは、樫の枝を数えながら答えた。
「私の人生って残り半分なんですよねー…。それで、仮初めの命や魂を扱うコンジャラーなら死を遠ざけることができるのかなーって」
それはある意味においては真、ではあった。コンジャラーは生死すら覆すことができる。その代償は蘇生された本人にとって、決して軽くはなかったが。
「あと半分……きみはそう思うのか」
粘土の大きさをあまり器用ではない手で揃えながら、オパールは反芻した。とんがり帽子の下の耳が揺れる。
「でも、そんなこと言ったらあたしの命だって残り三分の二だよ。それにさ、明日うっかり死んじゃうかもしれない」
「それはそうかもしれませんけどー……」
「だいたい革地区に魔術師ギルドがあるのだって、ちゅどーんとかした時に周りの被害を抑えるためだって噂があるし」
オパールは粘土のついた指を振った。
「そ、そんな理由だったんですかー!?」
思わずエメトは手を止めてオパールを振り返る。
「噂だけど。その割にはマギテック協会は金地区にあるんだよね。差別だと思わない?」
確かにマギテック協会も、爆発するブツを扱っていたはずなのだが。
「うー、不遇ですー。研究費も少ないしー!」
「だよねー。
でさ、あたしは聞いたことがあるんだけど」
粘土の塊をやっつけて、オパールは傍らの弟子を見上げた。
視線が結ばれる。
「なんですかー?」
「ハイマンって、前世の記憶があるって言うじゃない。あたしはそっちのほうが羨ましいな」
それは魔術を学ぶ多くのものにとっては、よく知られた事実であり、ハイマンがその体に持つ陣とともに、ある時は羨望の対象、そしてある時は研究の対象でもあった。
「そんなものですかねー? 確かにたまにぼやーっと記憶の断片みたいなものが入ってきたりしますけどー」
でしょでしょ、とオパールはうなずく。
「今生の面白かったこととか楽しかったこととか、いっぱい抱えて転生できるんだよ? すごく贅沢じゃない?」
しかしそれは、ハイマン以外の種族が想像するような、単純な恩恵でもなくて。
「全部思い出せるわけではないんですよねー。記憶はあってもそれは私じゃないんだなーって」
「物語みたいな感じ?」
「そうですねー。バーサタイルってあるじゃないですか。あれを見てるみたいな」
「そっか」
オパールはそこで粘土との格闘を再開したので、エメトも数えた枝の汚れを落とす作業に戻った。
……しばらくして、つぶやきのようにそれは聞こえてきた。
「──でもさ、そのバーサタイルの中には確かにきみの前世の姿は記録されてるんだよね? それならさ。
未来の誰かの中にも、きみが生きてるんじゃないかな」
ここではない、どこかに。
今日ではない、いつかに。
「思い出せますかねー?」
「思い出せるよ。きっと」
そこに繋がっている何かを。
「じゃあ、……そうだ、いっぱい話をしよう」
「話、ですかー?」
「うん。あたしの聞いた話、知ってること、いっぱい話そう。一つくらい思い出せるように、いっぱい。転生した時にどれか覚えてたら、誰かに聞かせてあげて」
そんな話の始まりは、エメトと、ゴーレムの材料達が聞いていた。
「転生後の私は私じゃないかもしれませんよー?」
「それでもね。きみがいたしるし、みたいになるように」
そう言って誇らしげに、オパールはエメトの腕をぽんぽんと叩いたのだった。
†
「で、今日はどんな話が聞きたい?」
10月 1, 2013 火曜日 at 5:13 am