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2002年12月号

抜刀ファイター

特集: RPG今昔物語
筆者: 銅大

「居合い」という剣法がある。
 古くは居相、坐合、抜刀、抜剣、比の中(うち)などとも称した。
 平たく言ってしまえば、自分の刀を鞘に収めた状態から、いかに戦闘モードに切り替える事ができるか。それを目的とする技である。

 などという小難しい理屈はおいておいて。

 西部劇でも「さきに(銃を)抜きな」などという台詞がしばしば聞かれるように、武器というのは先に準備した方が有利なのは言うまでもない。「居合い」というのはいわば変則技なのである。
 その事実を反映するかのように、いわゆる普通のRPGにおいては武器をしまった状態から準備するには1行動分、余分にかかるようになっている。最近は特技などで「居合い(とかクィックドロウ)」が使えるようになっているRPGもあるが、そういうゲームにしたところで技能がなければやっぱり1行動を消費するのである。

 さて、その昔。
 我々はダンジョンの中で戦っていた。ダンジョンの中にいるのは基本的に敵である。もしも囚われの美女とかが牢屋にいたら、そいつは70%の確率で幻覚かモンスターがばけているのである。嘘だと思うのなら当時を知る人間に聞いてみるがいい。牢屋の囚人はトラップの一つだと、胸をはって答えるであろう。
 当然、ダンジョンの中での我々は常に臨戦態勢にあった。片手には抜き身の剣なり斧なりメイスなりを構え、もう片手には明かりや盾を用意していた。敵が出てきてもすぐに戦えるように準備万端整えて。そして出会った敵を次々に血祭りにあげていったのである。

 やがて我々が、ダンジョンの外に出る日がやって来た。
 もちろんそれまでも、ダンジョンの外で買い物なり休息なりをしていたのであるが、それは基本的に「プレイの合間」での出来事であり、あくまで戦場はダンジョンの中だったのである。

 だが、平和であったダンジョンの外も、RPGが進化するにつれ戦場となっていく。

 この環境に最初に適応したのは、やはりマスター側であった。良いマスターというのは常にプレイヤーを陥れる機会を見逃さない物であるからだ。いや、今の目で見れば別の見方もあるだろうが、その頃の我々にとって、マスターとは常にエネミーであった。ダンジョンの中を進む時も、前後左右を常に警戒し、足下を確認しながら進むなどとプレイヤー達が宣言しようものなら、

「頭の上からスライムが落ちてきた」

 と喜々として言い、我々がそれに文句をつけると、

「君たちの行動宣言の中に『天井をチェックする』という言葉はなかった」

 と平然とぬかす始末である。嘘ではない。ダンジョンの入り口に可燃性ガスの罠が仕掛けてあり、松明やランタンを持って入ったら問答無用で爆発する、そういうマスターが『上手な』マスターだという、そんな殺伐とした時代だったのだ。
 とはいえ、視界の開けた街道を歩くパーティーにトラップを仕掛けるのはさすがに難しい。そこでマスターは一計を案じた。

「街道脇の茂みの中から、男達が現れた。山賊だ」
「よし戦闘だ。イニシアティブをとったぞ。まず山賊Aに斬りかかる」
「それはできない」
「なぜだ?」
「君たちはまず、武器を用意しなければ攻撃はできないからだ」

 かくして、まず最初の1行動でPC達は武器を用意し、その間に敵は無条件で1回攻撃ができる、という図式ができあがった。
 何? 山賊ならまず「おとなしく金目の物を……」などの台詞を言って、それに答えてPCが武器を用意するだろうって?
 繰り返し言おう。

 そんな悠長な時代ではなかったのだ。

 敵も味方も無言のまま、まず相手を殺し、しかる後に身ぐるみをはぐ。これが正しいプレイであると我々は固く信じていたのである。

 さて、こうした遭遇戦が二度、三度と続くうちに我々も対応策を練る事になった。つまり、ダンジョンの外であっても危険度はダンジョンの中と同じであると判断するようになったのである。
 平たく言ってしまえば、

 町から出たらまず抜刀し、武器を構えて歩く。

 こう行動宣言するようになったのだ。さすがにマスターも、町の中では(戦争状態にない限り)戦闘は起こさなかった。収拾がつかなくなるからである。

 いや、もう既に収拾がついてないという話は置いておくとしてだ。

 このように武器を用意して街道を進む連中を、我々は「抜刀ファイター」と呼んでいた。この「抜刀ファイター」戦術は実に有効で、PC達が武器を用意している間に敵に先手を取られるという不手際はなくなったのである。

 そしてRPGはさらに進化し、「ストーリー性」などというものが入るようになった。殺し合いだけがRPGではなくなったのである。ファイターも、街道を抜刀して歩くなどという事はなくなった。
 しかし人はそう簡単に昔の習い性が抜ける物ではない。

 ある日──

 街道を進むパーティーの前方から、豪勢な馬車と騎乗した男達が出現した。
 プレイヤーの一人がぴくり、と眉をあげて聞いた。
「その連中は武装しているか?」
 マスターは答えた。
「鎧を着て、剣をさげている」
「マスター、作戦タイムだ。──どう思う?」
「怪しいな」
「ああ、俺もそう思う。どうする?」
「とはいえ、さすがに怪しいだけでこちらから先に攻撃するのは問題だろう」
「そうだな、だが、準備はしておこう。先手を取られるのはごめんだからな」
「よし。マスター、行動宣言だ。我々は武器を抜き、戦闘準備に入る」
「は、はいぃ?」

 不幸な事に、そのマスターはまだ若く、RPGを始めて日も浅かった。血で血を洗うプレイという物を経験していない、新しい世代の人間だった。

(……この馬車には王女様が乗っていて、その回りの騎士達はその護衛なんだが……えーと、この場合って……)

 王女の乗った馬車を囲んで街道を進んでいる時に、前に現れた正体不明の連中がいきなり武器を構えたとしたら、護衛の騎士がどのような判断と行動を下すか、これはもう火を見るより明らかである。

「えーっと、騎乗した連中は武器を構えます」

 汗をだくだく流しながら言うマスターを見て、プレイヤー達はえたりとばかりうなずいた。

「くくく、やはりな」
「馬脚を現すとはこの事だ」
「これは正当防衛だ。行くぞぉぉぉ!!!」

 プレイヤーの怒号と、マスターの悲鳴が交差した。


 今は昔の物語である。

■銅大のRPGてんやわんや
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