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2003年01月号

100万トラベラー

特集: RPG今昔物語
筆者: 銅大

 Traveller(トラベラー)というRPGがある。
 その黒い表紙には誇らしそうにこう書いてある。

 Science Fiction Adventure in the Far Future
     遠い未来のSF冒険活劇

 この言葉に、胸を躍らせたSFファンは多い。どのくらいかと言うと、100万人くらい。だからそれを記念して「100万トラベラー」というのが出来たのである。

 …
 ……
 ………ウソです。ごめんなさい。

 RPGの歴史における、トラベラーの果たした役割は大きい。それはこの作品がただ単に剣をレーザー銃に、馬を宇宙船に置き換えただけの作品ではなかったからである。ルールブックを読んだ人は、彼または彼女(または『それ』)がSFファンであるのならば一様に、その文字の羅列とお世辞にも上手いとはいえないイラストの背後に、ありありと見る事が出来たからだ。

 広大な銀河宇宙を──
 そして、そこに住む無数の人々の営みを。

 これこそが、トラベラーを発売したGDWが倒産した後も、デザイナーの一人であるマーク・ミラーが自ら会社を興して、GURPSのサプリメントとして、d20システムの一つとして、今なおトラベラーが現役のRPGシステムとして生き延びている理由なのである。
 採算がどうとか、遊びやすいかどうかとか、そんな事は関係ない。みんな、トラベラーが好きなのだ。好きで好きでたまらないのだ。

 時ははるかな未来。
 超光速航法「ジャンプ」を発明した人類は、銀河宇宙に進出し、そこに巨大な恒星間国家を築き上げた。
 それが、「銀河帝国」だ。一般には単に「帝国」とだけ、あるいは銀河に覇権を築きあげた3番目の帝国である事から「第三帝国」と呼ばれるこの国家は、1万もの星々に約15兆もの人々が住む、既知宙域でも最強の勢力である。だが、名前から受けるイメージとは裏腹に、この国家は決して中央集権的でも強圧的でもなかった。
 その背景には、ジャンプの理論的・技術的な制約と経済的な要因、そして歴史的な側面が絡み合っている。
 まず、ジャンプの制約。1回のジャンプで移動できる距離は最大でも約20光年。しかもジャンプにかかる時間は距離に関係なくおよそ7日間。つまり、普通の宇宙船であれば一度にはせいぜい隣り合う星の間しか移動できず、往復しようとしたら14日以上、まあ行って手早く用事をすませたとしても宇宙船の運航状況などから考えて1ヶ月はかかる。広い銀河帝国の端から端まで移動しようとしたら、高速の宇宙船を使っても1年の大旅行となる。
 しかも、ジャンプする宇宙船以上に速い情報伝達手段は存在しない。帝国政府が何を決めたとしても、それを辺境まで伝えるには莫大な労力と数多くの宇宙船と長い時間がかかる事になる。
 そして経済的な要因。安上がりの小型宇宙船であっても一隻あたり今の日本円で何十億円もする。大型で高速の宇宙船ともなると何百億円、何千億円もする。そのため会社や個人で宇宙船を購入しようとした場合、一般的には「40年ローン」を組む事になる。このローンの毎月の支払いのためには、莫大な資産を持つか、あるいは宇宙船自身で貨物や人を運び利潤を上げる必要がある。もちろん、すでに40年ローンを返済し終わった中古の宇宙船を購入する事もできるが、宇宙船というのは動かすだけでも燃料代などの補給や整備、宇宙港の停泊料金、乗組員の給料など維持に大金が必要なの代物なのだ。
 では宇宙船を所有せずに「トラベラー」となれば良いかというとそうもいかない。船の価格や経費はそのまま宇宙船の運賃に反映される。1回のジャンプのチケットがおよそ100万円。普通はペットなどの獣を運ぶための冷凍睡眠装置を利用した凍り付けの旅なら10万円ほどで済むが、その代わりに解凍時に死亡する危険を冒す事になる。誰でもが星の旅人となれるわけではないのだ。感覚的には、現代における旅行よりは近世以前の旅に近い。
 さらに歴史的な側面。実は「ソロマニ人=地球人」は、最初に宇宙へと乗り出した人類ではない。地球人と同じ先祖を持つが今から30万年前、「太古種族」として知られる正体不明の存在によって別の星に移住させられた人類、「ヴィラニ人」の方が先に宇宙へと進出し、最初の銀河帝国、「星々の帝国(ジル・シルカ)」を築き上げたのである。
 宇宙に進出した地球人は、このヴィラニ人の帝国と衝突、長く続いた戦乱の末に「人類の支配(The Rule of Man)」として知られる二番目の銀河帝国を建国する。だが、技術と戦争の手腕には長けていても地球人には物理的にも感覚的にも遠く離れた星々を一つにまとめる政治的な力量が欠けていた。中央集権的に国家を治めようとした地球人に数では圧倒的多数を占めるヴィラニ人やその混血、そして幾つもの知的種族は離反してゆき、帝国は瓦解してしまう。
 余談であるが、このヴィラニ人の帝国と地球人の衝突の初期を扱ったボードゲームに、『インペリウム』がある。HJ社が出した初版の日本語版はもはや入手困難だが、最近になって国際通信社が第二版の日本語版を発売した。たいへん面白いゲームであるので機会があればぜひプレイしてみるといい。巨大だが小回りが利かずに辺境の属領における蛮族(地球人)に苦戦する銀河帝国と、やる気満々だが圧倒的な国力の差に劣勢を強いられる地球連邦の対比が実に面白い。
 そして、第二帝国が崩壊した後、長い暗黒時代が訪れた。それぞれの星に住む人々はそれぞれに自分達の道を見つけて歩み続けた。だが、そういう中でも恒星間文明を維持する少数の星のグループはあり、その中の一つがしだいに大きくなって、やがてゲーム世界における『現在』の帝国、第三帝国が誕生するのである。
 そういうわけなので、帝国は恒星間の外交や軍事こそ仕切っているものの、それ以外の事、特にそれぞれの星の内政に関してはほとんどと言っていいほど手出しをしない。民主的な星であろうが、国王や独裁者や企業や宗教指導者が支配する星であろうが、星系内部で民族ごとに小さな国家を作っている星であろうが、おかまいなしである。望むのは帝国への忠誠のみ。だから、星によってそこの文化や文明は実に多様だ。文明など石器時代の星もあれば空中に反重力で浮かび何億もの人が住む巨大都市がある星もある。多いのは意外にも20世紀頃の文明を持つ星である。

 どうだろう。このゲーム世界の背景の一端を想像していただけただろうか。トラベラーの背景世界が秀逸なのは、それがただ情報量が多いというだけでなく、ゲームで使える様々なネタが仕込まれている点にある。ここが、ただの設定マニアの自己満足で終わっていない、トラベラーならではの優れたアプローチだ。
 しかし、いかんせん、プレイのコツを掴むまでに時間がかかるという欠点もまたトラベラーは合わせ持つ。何しろ『リアル』なゲームであるため、プレイに馴れるための気軽な戦闘などもっての他である。銃を持って撃ち合うと一発当たれば気絶か重傷か悪けりゃ即死というシステムのくせに、データとしてはサブマシンガンやライフルは当然、レーザー銃などが堂々と記載してあるのだ。日本語版で最初の基本セットに付属していた『シャドウ』というシナリオなど、まんまダンジョン探検なのだが、プレイした人間は一様に思う事であろう。

「トラベラーにダンジョン探検は似合わない」

 日本語の基本セットが発売された後も、HJ社からは続々とサプリメントが発売され、それらはアメリカでは望むべくもない、加藤直之氏による美麗なイラストで飾られた箱に収められていた。そして、その中には数多くのシナリオが存在した。

 だが──

 どーも、違うのである。繰り返すがトラベラーは『リアル』なゲームであるため、PCに出来る事とプレイヤーに出来る事とはあまり変わりはない。たとえ出自がエージェント(偵察局:スカウト)であっても、ジョン・ウーばりのアクションは不可能なのである。だというのに、あからさまにそういう冒険映画のようなアクション(あるいはサイの目)を要求されるシナリオであるとか、交渉や謎解きを主題に置いたシナリオであっても、あたかもPCではなくプレイヤーに凄腕のネゴシエイターや名探偵の能力を要求しているのではないかと思われるものばかり。読み物としてはなかなか秀逸なサプリメント&シナリオであっても、実際のプレイに使用するには、やっぱ、これってどうよ、と思わせる物が多数を占めたのであった。
 いかに優れたゲームであっても、プレイはやはりシナリオあっての物だねである。そのシナリオのお手本がこれでは、買ったはいいがお蔵入りになってしまった人が大勢いたとしても文句は言えない。
 もちろん、優れた腕前を持つレフリー(マスター)と、勘所を押さえたプレイヤーがそろえば、楽しいゲームにはなり得る。だが、そんな僥倖のような組み合わせを最初っから期待しているようではやはりまずいのではないかと、こう思うのである。

 それでも──

 トラベラーは魅力的なゲームである。プロ、アマ問わず、多くの人が損得勘定なしでこのRPGに精力を注いで遊び続けた。その結果、トラベラーはルールを整理統合した100万、すなわち『メガトラベラー』へと進化し、そして日本語版の供給がそれで止まった今でも海外では進化を続けている。

 それらの全てやはり、あの表紙に書かれた言葉──

 Science Fiction Adventure in the Far Future

──から始まったのである。


 今は昔の物語である。

■トラベラー情報倉庫
http://www.trpg.net/rule/Traveller/

■銅大のRPGてんやわんや
http://www.trpg.net/user/akagane/


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