RPG虎の穴
時は20年ほど前にさかのぼる。
1980年代の初頭である。インターネットというのはまだ大学や研究所の公共ネットワークのことで、それどころかパソコンもさほど普及していなかった。まだ学生だった私はFM-7で64kBのメモリ空間でBASICのプログラムを遊んでいた。
まだまだ世紀末までは遠いと考えられていた時代である。ソ連もベルリンの壁も健在で、ちょっと前までは第三次世界大戦の架空戦記がたくさん書かれていた。
私は広島にある今は亡きニイタニという店を経由して知り合ったゲーマー達と、週末にゲームを楽しんでいた。ゲームといっても、ウォーゲームが主体である。
ウォーゲームには上級と下級が、カースト制度のように決まっていた。一番偉いのはナポレオニックや南北戦争などのちょっと過去を扱った歴史性の高い(どういう意味かは聞かないで欲しい)ゲームであった。その次に、第二次世界大戦のゲームが来るが、ドイツ軍萌え(当時はそんな言葉はなかったが)はビギナーのよくかかる病気で、いずれは卒業すべきハードルと考えられていた。さらにそのずっと下にSFやファンタジーなどの架空戦ゲームが来て、最後にガンダムをはじめとするアニメゲームが最下層の住人として虐げられていた。
なお私がはじめてルールを読んだのがアバロンヒルの『電撃戦』というレッド国とブルー国が戦う架空の戦争ゲームである。これはタイトルとは裏腹に戦線をひくとにっちもさっちもいかない膠着状態になるゲームであった。
そしてはじめてプレイしたのが同じくアバロンヒルの『宇宙の戦士』というハインライン原作のSFゲームである。これまた原作とは裏腹にベトナム戦争じゃねぇかあぁおれを置いてヘリが行くというような血なまぐさいゲームであった。
さらにはじめて購入したのがSPIの『南極未来戦』という南極大陸の資源をめぐって列強が争うというSFゲームである。これまたかなりいかれたゲームで、(箱絵はすばらしい)米ソがあまりぼかすかやりあっていると、南極の地下で眠っていた地底人が目覚めて地上人を攻撃するというシナリオが堂々とついていた。
そういう私が、まだ当時は未訳だったD&Dをプレイする機会に物怖じしなかったとしても、べつだん不思議ではない。もともと、かなり近い位置にいたのだ。
念のために言っておくとSFファンはファンタジーとは広大無辺なSF世界の末端に位置するものと思っていた。むろん、本流のSFの方が偉くて傍流のファンタジーの方が偉くないのである。
「で、これはどういうゲームなんですか?」
まだ20にもならない若造であった私は、先輩ゲーマーにたずねた。
「デス・メイズみたいなもんじゃ」
「了解であります」
『デス・メイズ』とはSPIのファンタジー・ボード・ゲームで、地下迷宮にもぐってモンスターを殺し、宝物をせしめるゲームである。長らく絶版であったが、先だってRPGamer誌2号に付録としてついた。一度プレイしてみるのも良いであろう。
キャンペーンの途中であったので、すでに他のPCは作成が終わっていた。
「私は何をすればよろしいでしょうか?」
「うーん。最初はファイターかのぉ」
無難な選択である。
「買い物は、ほれ、このリストを見ろ」
わかるわけねぇ。
「(おそるおそる)何を買えばいいでしょうか?」
「プレート」
「プレートメール」
「甲冑」
皆が異口同音に言う。
「高いです。所持金では買えません」
「なに?」
「誰か金貸してやれ」
「待て待て。こいつは今回が初参加じゃ。つまりわしらは知り合っておらん。金の貸し借りはおかしいんではないか」
「いや、それは違うぞ」
しばらく議論が続いたが、プレイ中であろうがなんだろうが、ルールの解釈で議論するのはゲーマーとしては当たり前だったので私は黙って拝聴していた。
当時はまだゲームマスターの概念がいまひとつ普及していなかったのである。
けっきょく、金は貸さないということになり、私はプレートではなくチェーンメイルを購入することにした。とすると金がちょっと余る。
私はルールブックの表をながめた。アイテムのデータだけざっと見たのである。むろん注釈までは読まなかった。
防御力はどうやら落ちたようだが、お金には少し余裕がある。攻撃力を付ければそれなりに活躍できるかも知れない。
私はそう考え、ツーハンデッド・ソード、すなわち両手剣を購入してキャラクターシートに記載した。
さてゲームが始まった。
らしい。
「キミたちはいま、雪山に来ている」
「ふんふん」
ボードもなければ駒もないので、どうにも落ち着かないが、どうやらこれで良いようである。
しばらくして、シーフがなにやらごそごそとしているとゲームマスターが言った。
「待て」(そしてなにやらメモに記入してシーフにだけ見せる)
「なるほど」
ふたりして納得しているがこっちはさっぱりである。
「なんですか?」
「見ちゃいかんっ!」
「了解であります」
どうやらシーフは洞窟を調べていて落とし穴にひっかかり、暗い穴の底に消えていったようである。
「というわけでシーフはしばらく見物していてくれ」
「わかった」
それから実時間で4時間あまり。そのシーフは登場せず、当然、プレイヤーの出番もなかった。
なんとも冗長なゲームだと私は思った。
ゲームマスターがシナリオを臨機応変に解釈するようになるのは、もうちょっと先の時代の話である。
どうやらこの洞窟の中は盗賊団が潜んでいるらしい。私の脳裏にはとりあえず『アリババと40人の盗賊』のイメージが浮かんだ。
しかしどういうわけか最初に出てきたのはゾンビ、すなわち動く死体であった。
だが出てくるモンスターがランダムに決まるのもデス・メイズではごく当たり前のことであったから、私は整合性がどうとかといった疑問は抱かなかった。
やっと何かできるという喜びの方が大きかったのである。
ちなみにプレイが開始して2時間あまりが経過していた。
「攻撃~」
「攻撃~」
「じゃあ私も攻撃します。ツーハンデッド・ソードで」
他の人に混じって攻撃しようとした私に全員の目が集まった。
「何っ?!」
「今なんと言った?」
「両手武器だと?」
「はあ、そうですが」
「馬鹿者~!」
いきなり怒られた。
「プレートが買えなかったんなら、せめてシールドぐらい買え~! ACが下がるだろうが」
「でも1しか違いませんよ?」
「それで充分なんじゃ、ああもうまったく」
「まあしゃあない。おまえさん、ロストイニシアティブな」
「は?」
いきなり専門用語で言われてもわからんわな。
「つまり、今は攻撃できん。ゾンビと同時攻撃じゃ」
「ははぁ」
というわけで様子うかがいで、ゾンビの攻撃が終わるまで待ったところ。
私にゾンビの攻撃が命中し、ヒットポイントが半減するダメージを受けた……らしい。
というのも、ゲームマスターはついたての陰でダイスを振っていて、私には見えなかったからである。信用するしかないが、信用という言葉はあまりゲーマーにふさわしいものとは思えなかった。裏切りは裏切られた方が悪いというのがゲーマーの定説であったからだ。
「えー、それでは死にそうなので攻撃はせずに後退します」
「それがええじゃろう」
というわけで、私の最初の戦闘は1回もダイスを振らずに終わった。
後は皆の活躍を見ているだけである。それにしてもいろいろな種類のダイスが振られている。まあ、けっきょくのところ一番上の面の数字を読めばいいだけだが。
そう思っていると、勢いよくふりすぎた1個のダイスが私の目の前まできた。
「あ、すまん。なんぼが出た?」
「ええとですね――」
私はそのダイスを真上から見た。
点が見えた。そして三角。
「へ?」
そのダイスは、先端がとがっていた。
「なんですかこれは?」
「4面ダイスじゃ」
「どこ見るんです?」
「底辺」
「どこの?」
「だから底辺」
私が4面ダイスの見方を覚えるまではしばらく時間が必要であった。
そうこうしているうちに戦闘は終了した。私は何もしなかった。
やがて盗賊たちがいる部屋に入り、我々は再び戦闘をした。
私の攻撃は一発も命中しなかった。
ともあれ盗賊を倒し、罠にかかって行方不明になったシーフも再び合流した。
「さあ帰るか」
「待て、こっちの部屋には行ってないぞ」
方眼紙になにやら地図を書き込んでいた人が言った。
「行ってみるか」
「宝があるかも知れんしのぉ」
だが宝はなく、毒のブレスをはく大トカゲがいた。
「ではセービングスローだ。ポイズンな」
「失敗しました」
「失敗したら死亡」
私にとって最初のRPGはこうして終わった。
終わった後、先輩ゲーマーが感想を聞いてきた。
「どうじゃった」
「はあ」
私は曖昧に返事をした。ともかく、右往左往しているとゲームは勝手に進行してそして死んでしまった。これで何をどう言えというのだ。
ちなみに自分のキャラが死んだことについてはさほど感慨はなかった。駒に感情移入するのはビギナーのすることである。
かといって、おもしろかったかと言われるとはなはだ心許ない返事しかできなかった。
だが。
「次はもっと強いキャラでやりたいですね」
そうなのだ。
私が最初のRPGから得た教訓は「強くあれ」ということだった。分かりやすい基準である。強ければ戦闘で活躍できるし、死ぬこともない。ゲームに最後まで参加できる。
強ければ、それでいいのだ。
この伊達直人のような呪縛はその後長く私のプレイに影響を与えたのであるが、それについてはまた話す機会があるであろう。
今は昔の物語である。