エッセイ『ささやかな領土問題』
本を読むのが好きである。
どちらかと言えば、硬いブンガクサクヒンよりそうでないものの方が好みである。ストレスの解消になるからである。そういう読書であるから読むのは速い。しかし、速読であるからすぐ内容を忘れるので何度でも読み返しをしたくなる。結果、本は常に手元に置いておきたくなるので、蔵書は増える一方である。
今現在、我が家には本棚が三つ。ありとあらゆる工夫の末、隙間無く本が詰まっている有様である。
TRPGも大好きである。
一度遊んで面白かったゲームは、つい、サプリメントとか揃えて読みふけりたくなるのである。
そうでない場合でも(つまり未だ遊んだことのないゲームということである。何故なら全てのTRPGは面白いのだから。というのはジョークである)、やはり、色々と気になるので結局購入して読みふけりたくなるのである。
気がつくとゲームの数は増える一方で、今現在、押入れの上の天袋を一つ完全に占拠してしまっている有様である。
で、我が家には妻がいるのである。
有体に言って妻が一番大事なのである。
大事なのであるが、ここから先は大きな声では言えないので小さな声でそっと言うのだが、やはり本やTRPGだって少しは大事なのである。
困ったものだ。大事なものが多くなると人間は弱くなる、と某漫画の悪役が言っていたような気がしたりしなかったりするのだが、正義の味方であるとはいえない私としては、うんその通りだ君は正しい、とか答えてしまうのである。困ったものである。
困った困ったと言っているが、私は一体何を困っているのかというと、けっして大豪邸とは言えない我が家の限られたスペースを如何に妻と分け合うかという点で困っているのである。
断っておくが我が家は決して狭くはない。
狭くはないが、これも大きな声で言うと会社の総務にはばかりがあるのでここだけの秘密として小さな声で言うのであるが、つまるところ所詮社宅であるので部屋数は多くはないし一部屋一部屋だって微妙に小さい。これは是非オフレコということでお願いしたい。
そんな訳で、スペースの問題は極めてシビアな問題となってくるのである。
更に困った問題として、妻と私の趣味の相違と言う問題があるのである。
趣味の相違、なかなか深刻なテーマになってくる訳であるが、実は妻も本好きである。
どこにも趣味の相違なぞないではないかというのは早とちりであって、妻は吉本ばななであるとか村上春樹であるとか篠田節子であるとかそういった作者の本を読むのである。間違ってもラヴクラフトとかディックとか富士見ファンタジア文庫とかは読まないのである。
困ったものだ面白いのに、とは是非ここだけの話にしておいて貰いたい。と言うか、実は妻の方がまっとうな読書人であるような錯覚に昨今陥っているのであるが、やはり錯覚には違いないので無視することにする。
しかし、そんな妻にとって、本が詰まった書棚というのは決して愉快なものではないのである。何故なら、自分の好きな本を置くスペースがないから である。それなら、もう一つ本棚を入れれば良いではないかと言うと、既に三つもあるのにもう一つ入れると家庭というより図書室になってしまう、との回答が 返って来た。成程、確かにそうかもしれない。
要は空間の問題であるから、ハードカバーから文庫本への置き換え等である程度は隙間を稼ぐことが出来る。そういった手段で僅かながらスペースを稼ぎ出し、そこに今は妻の本が入っている。
が、これ以上本を増やすとなると……色々と問題が出てくるのであり、常に緊張感を生み出す源泉となっているのである。
もっと困った問題として、TRPGがある。
妻はTRPGを遊ばない。困ったものだ面白いのに、とは是非ここだけの話にしておいて貰いたい。と言うか、実は妻の方が一般人であるような錯覚に昨今陥っているのであるが、やはり錯覚には違いないので無視することにする。
そんな妻の目からすると、全てのTRPGは同じに見えてしまうのである。
例えば、新和版箱入りD&D、メディアワークス版文庫ルールサイクロペディア、原書ハードカバー版ルールサイクロペディア、どれほど違いを説明しても納得できないらしいのである。
困ったものだ、とここまで話していて自分でも自信がなくなってきて困るのであるが、まあ、そういうことなのである。
或いは、AD&Dの1stと2nd、D&D3eの違いが上手く理解できないようなのである。
というか「これ、全部要るの?」という実に経絡秘孔を突くような質問をして私を悶絶させるのである。ひでぶ。
そういう時、昔大学時代に実家に置いておいた漫画を両親に処分されてしまった時の記憶が脳裏をよぎったりもするのである。『銀河鉄道999』も 『うる星やつら』も惜しくはなかったのであるが、小山田いくの『すくらっぷブック』と神坂智子の『パンと懐剣』は猛烈に惜しかった。二束三文で叩き売られ たのを聞いた時、思わず下宿の柱を殴って指を痛めてしまったほどである。
それはさておき、結婚直後、捨てられてしまったりすることのないよう、とりあえず、イエローサブマリンに連れて行ってどれほどのプレミアが付いているかは理解させたものの、今度は売られてしまったりすることがないかという不安に苛まれることになったのである。
まあ、妻は優しい女性なので実際にはそういう心配は全くないのであるが、ともあれ、天袋の有効活用という点で私と妻との間ではゴラン高原を巡る 中東情勢のような利害の不一致があるのであり、このような緊張感溢れる環境では、新しいルールが出たからといってそうホイホイ持ち帰る訳にはいかないので ある。
そんな訳で、私は密輸業者を主人公とする小説を読まなくなった……そういうスリルはもう十分なのである。