食う
はたしてファイターは鎧(フルプレートだ、もちろん)を着用したままで寝る事が可能か?
この設問に対し、一晩中、熱く語り合った時代があった。
……今にして思えば馬鹿か阿呆かと当時の自分を問いつめたい気分であるが、これはかなり切実な問題であったのだ。
食欲、性欲、睡眠欲。人間の三大欲求の中でしんぼうたまらんモノはどれかといえば、これはもう誰が何と言おうが睡眠欲で、しかも寝ている時であれば子供でも大人を殺せるぐらい無防備になる。もちろん、交代で不寝番を立てるのが当然であるが、いざ夜襲があって起きた時に鎧を着用しているかいないかでは、継戦能力に格段の差が付く。もちろん全身を覆う金属鎧を敵が襲ってきている中で着用するのは不可能であるからして、寝る時に着用したまま寝る事が可能か否かは(PCの)生死をかけた重大問題であったのだ。
睡眠欲の方は、まあこうした形で激しい(そしてムダな)論争が行われていたのであるが、それと負けず劣らず問題であったのが食欲であった。今回はその食欲に絡んだ、とある冒険の話をしよう。
ざざーん(波の音)
「おお、水平線が見える」
「船は?」
「見えん」
そう。それはとある船旅での出来事であった。ゲーム開始より五分、マスターは宣言した。
「嵐だ。君たちの船は沈没した」
「過去形かいっ」
「違う。過去完了形だ」
「よけい悪いわっ」
「異議ある者はこの戦い終了後、法廷に申し立てい!」
「キシリア閣下か、おまいは」
そういえば当時はZだかZZだかのガンダムが放映されていたような気がする。
「で、戦況は?」
「ゲルググ、ドムの動きが目立たぬようだが」
「アニメネタはもうええっちゅうねん」
オタクの会話が横道にそれるのはいつもの事である。
「とにかく。君たちが気が付いた時、君たちは砂浜にいた。Uの字型の50フィートほどの幅の浜辺で、陸側は断崖絶壁だ。その絶壁に一箇所、人が一人通れるくらいの洞窟がある」
「装備は?」
「武士の情けだ。武器と防具だけは浜辺に漂着していた事にしてやろう」
「他には?」
「ない」
激しいブーイング。しかし、いくら野次り倒そうとも、マスターは頑として譲歩しようとしなかった。
「これはもう、あれだよな。この洞窟に入れとゆーコトだよな」
「これ以上あからさまな状況は他にないよな」
「何を言う、お前がこの前マスターをした時はジャイアント一個師団で俺達をダンジョンに追い込んだじゃないか」
「お前こそ、わざとらしくランダムエンカウンターで遭遇したふりをしてレッドドラゴンを出したじゃないか」
そういう時代だったのである。
「はいはい、おしゃべりはそこまで。さあ、行動を聞こうか?」
ここで素直に「じゃあ、洞窟に入ります」などと言うのはなんか、負けたような気がしてしゃくに触る。我々は額を集めて相談した後でこう言った。
「寝ます」
「何?」
「だから、寝る。見張りは……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。なぜそこで寝るなどという選択肢が出てくる」
「だって我々は遭難したのですよ? まずこういう場合はじたばた動いてエネルギーを消耗せず、救助が来るのを待つものです。あ、船が通りかかったら服で作った旗で合図しますからね」
「ぐ……」
「それともなんですか? 我々が洞窟に入らないといけないせっぱ詰まった理由でもあるというのですか? ああん?」
「ぐぐ……」
顔を青くしたり赤くしたりするマスターを見て、我々は溜飲を下げたものである。
しかし、いい気になっていられる時間は短かった。
「……腹が減ったな」
「言うな。よけいに減る」
「水でも飲んでおけ。そこの岩からわき水がとれる」
食料がなかったのである。
最初のうちこそ、砂浜を掘って貝を探して食べていたが、狭い浜辺のこと、すぐに食料資源は尽きた。魚を捕ろうにも道具がない。(当時、槍はメジャーな武器ではなかった)
それでも半ば意地で洞窟に入ろうとしなかった我々に、マスターは最後通告を突き付けてきた。
「今日から、食事をしなかったらhpが1点ずつ減少する」
ぶちっ。
その時、自分達の頭の中で何かが切れるのを、我々は確かに感じた。
「そうか、そーゆーコトか……」
ゆらぁ、と頬のこけた幽鬼のような冒険者達が立ち上がる。
「それならもう、わしらに恐れるものはないのぉ」
「ほうじゃのぉ」
けけけけけけけ。互いに何か吹っ切れた顔を見合わせて笑い合う。
「マスター、わしらは洞窟に入る」
「どうなっても知らんけぇのぉ」
「そ、そうか……」
マスターがどぎまぎしながら、それでも安堵した表情でダンジョンマップを広げる。
そして──
「巨大コウモリが襲って来た」
「殺す」
しばしの戦闘の後、コウモリの群は始末された。
「さて、この部屋の隅に──」
「マスター、マスター、それより大事なコトがあるんじゃが」
「え?」
「コウモリを食うぞ」
「ええ?!」
「わしら腹が減っとるんじゃけえ。おら、火ぃ焚け」
「ち、皮と骨ばっかりで食いでがないのぉ」
「酒のツマミにもならんわ」
がつがつがつがつ。
巨大コウモリはたちまちのうちに我々の胃の腑におさまった。
「さー、次行こうかぁー」
「なんやら知らんが、がぜん、やる気が出てきたのぉ」
「そ、そ、そうか?」
そして──
「ワームが地中から現れた」
「へっへっへっ。こいつはさっきよりは食えそうじゃのぉ」
「汁気が多そうじゃ」
そして──
「ご、ゴブリンが、現れた、け、ど……?」
「よっしゃー、肉じゃー」
「食うぞー」
「脳味噌がうまいんじゃ、脳味噌が」
そして──
「ここで洞窟は急に広くなっている。波の音と潮の香りがする。どうやら外の海とつながっているらしい。海底洞窟の中にはドクロのマークを付けた海賊船が停泊している。そしてひげ面の男が君たちを見て『貴様ら、どこから入ってきやがった?』と──」
マスターはそこまでシナリオを読み上げて、おそるおそるマスタースクリーンの影から顔をのぞかせた。
我々は、にたり、と笑って言った。
「殺して、」
「食う」
今は昔の物語である。
■銅大のRPGてんやわんや
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