2003年05月号

ジュネーブ条約

特集: RPG今昔物語
筆者: 銅大

 『ジュネーブ条約』という言葉をご存じだろうか。
 聞いたような気がする人も多いだろうし、少し詳しい人なら「ああ、捕虜の扱いに対する国際条約ですね」と答えるだろう。
 で、実は。
 辞書をひいても百科事典を開いても、なかなか『ジュネーブ条約』という言葉は見つからない。
 三省堂の「大辞林」においては、「ジュネーブ条約とは赤十字条約のことなり」とあり、で、その赤十字条約はというと、こうある。

 戦争犠牲者の保護を目的として、一八六四年ジュネーブで締結された条約(ジュネーブ条約)以来、一九四九年まで改良を加えられた一連の条約。

 日立の世界大百科事典ではもうちょっと詳しく、その中にこういう記述がある

 第2次世界大戦の経験をもとに見直しが図られ,49年8月12日ジュネーブの外交会議で,これら3条約は大改正され,さらに,戦時における文民の保護に関する条約が調印された。日本は53年に加入。
(抜粋)

 そういうわけで、先のイラク戦争で戦争捕虜に関して調査させて欲しいと赤十字がアメリカやイラクなどに言ったのは、こういうわけがあったのである。
 まあ、条約があろうがなかろうが、捕虜を虐待したり民間人を殺したりしないというのは人道的な見地からすると当然である。
 だが一方で、戦争に人道もへったくれもあるか、そんなもん勝ったもんの勝ちじゃという勝者の理屈もまた存在する。
 私は広島の人間であるから、原爆のような大量殺戮兵器を都市で使うとどういう結果になるのかよく知っている。あれはオッケーで、捕虜収容所の捕虜にゴボウを食べさせてやったら「草の根を食わされた。捕虜の虐待だ」とか戦後に戦勝国による裁判で処罰された日本軍の兵士のようなのはダメだというのは、なんかこー、納得がいかない気もしないでもない。

 だが、過去のRPGにおける捕虜の扱いの問題を考えると、そして自分がどういう事をやってきたかを考えると、あまり大きな事は言えないよなぁ、とも思ってしまうのである。

 捕虜、すなわち降伏や捕縛した敵をどうするか。
 まず、RPG黎明期における処置はきわめてシンプルな物であった。

 殺して、身ぐるみはぐ。

 こうすれば経験点も手に入るし、アイテムや金も手に入る。一石二鳥である。だが、戦いが熾烈さをきわめてくると、そのようなシンプルな行動は早計に過ぎるのではないかという意見がでてきた。

「よし、殺すぞ」
「まあ待て。お前、ゴブリン語が話せたよな」
「ああ。それがどうした?」
「降伏したゴブリンに、このダンジョンの地図を描かせてトラップや宝の在処を教えるように命じたらどうだろう」
「おお、それはいいアイディアだ」(最近ではクレバーとかクールとかいうらしい)

 もちろん、GMの視点からするとこれはとんでもない話であった。せっかく用意した罠や隠した財宝が簡単にばれてしまっては、何のためにゲームをやっているのか分からなくなる(と、当時は考えられていたのだ)。

「ゴブリンは黙秘権を行使する」
「そうか、しゃべらないか」
「やっぱり殺そう」
「まあ待て。GM、縛ったゴブリンの生爪をはがすぞ」
「うげっ……ゴブリンは脂汗をかきながら必死に我慢している」
「じゃあ右目をナイフでえぐり出す」
「ぎゃあっ。……残った左目で憎々しげにお前さんをにらむ」
「なかなか粘るな」
「そうだ。この間スパイ小説で読んだ拷問方法なんだが、トルコの拷問にこういうのがある。目玉をえぐった中にコガネムシを生きたままいれて瞼を縫い合わせると、コガネムシが中でかさかさ動いて視神経をばりばり刺激するとゆー」
「うわー聞いてるだけで気分が悪くなるな。よし、やってみよう。そのへんにムカデかゴキブリくらいいいるだろう」

 ……とまあ。
 だまり続けた勇気あるゴブリンの肉体は最後にはほとんど原型をとどめていなかったという。

 こういうセッションがしばらく続いた後、出てくるモンスターはスケルトンのようにしゃべれない奴とか、死ぬまで戦うバーサーカーのような奴とかばかりになり、GM、プレイヤー双方がうんざりしはじめた。

 それに当然の事ながら、戦えばPCが捕虜になる場合もむろんある。
 そうするとGMとしてはここぞとばかりにお返しをしてくる。

「んんん~ 貴様らの腕ではわしと戦うには少々力不足だったようだなぁ」
「くそっ、覚えてやがれ」
「お、捕まっているのにそんな生意気な事を言うのか。よし、ゴブリンが出てきてお前の舌をペンチで引っこ抜くぞ」
「ぎゃあああっ」(口から血がどばーっ)
「うわあ」
「君は自分の血で溺れて窒息する。毎ターン1d4のダメージをやろう」
「ぐああああっ。えーと、まず3ダメージ。死ぬ、死ぬぅ」
「お、おい。お願いだ。こいつを助けてやってくれ」
「うーん、どうしようかなぁぁ……。というわけで1ターン経過」
「2ダメージ。残り3hpだ。もーだめだー」
「諦めるな。えーと、そうだ。俺がお前の手下になる。それでこいつの命を助けてやってくれ」
「さあてなぁ。弱い部下をいまさら雇ってもなぁ……そうだな。便所掃除係としてなら、雇ってやってもいいがなぁ。で、1ターン」
「げっ。出目が3以上だと死ぬじゃないかっ……2っ! ぎりぎりセーフっ」
「なる! 便所掃除係になりますっ! させてくださいっ!」
「よかろう、おい手当をしてやれ。応急処置で血は止まった。舌がないのでしゃべれないがな」
「hp1だ。かろうじて生きている」
「良かったじゃないか」
「よし、便所掃除係。最初の仕事を申しつける」
「ははぁ。なんなりと」
「そっちの廊下の行き当たりに汲み取り式の便所があるんだが」
「はい。掃除してきます」
「まあ待て。今日は掃除しなくていい。代わりにそこへゴミを棄ててきて欲しい」
「ゴミ……?」
「そこに転がっている男だ(と言って、舌をひっこぬかれたPCを指さす)」
「!!!」
「どうした? 返事は? さっきわしの手下になるとか言っていたのは嘘か? 嘘を言うような舌なら、いらんよなぁ……。で、ゴブリンがペンチを持って近づいてくる」
「おい、助けてくれよぉ。頼むよぉ。そんな所で死にたくねぇよぉ(すでに半泣き)」
「こらこら、舌を抜かれたやつが喋るんじゃない。さあどうするね?」
「……す、すまんっ。俺はまだ、死にたくないっ」
「ふははははははっ。そうか。棄ててくるかっ。今まで仲間だった男を殺してでも生き残りたいかっ。あさましい話よのぉ。ひゃーっはっはっはっは」
「泣きながら便所にこいつを棄てに行きます」
「よし。じゃあ便所の穴に放り込まれて、と。糞尿に溺れて1d4ダメージ。さあ、サイコロを振れ」
「残りhp1だ。振るまでもねぇよ」
「まあそう言うな。ほれ振れ。さあ振れ」
「(額に青筋をたてながら自分のキャラクターシートをびりびりに破って憤然と席を立つ)もうお前らとはゲームしねぇ!!」

 ざっとこんな感じである。いかに当時のプレイが殺伐としていたかを物語るエピソードであろう。
 こんな事をやっていたのでは、とてもゲームにならないのはおわかりいただけるかと思う。そこで、我々は相談して捕虜の取り扱いについて取り決めをする事にした。

  まず、プレイヤーは捕虜になったモンスターなどの敵に対し、拷問などの行為は行わない。尋問は許されるが、これもPCのカリスマなどの能力値によるダイス判定とし、必要以上にしつこくGMに食い下がらない。(こうしないとピーター・フォークの扮する刑事コロンボのように、すっぽんのごとくくらいついて延々と尋問を続けるプレイヤーがいたのである)
 しかる後に捕虜を殺害するか釈放するかはプレイヤー=PCの自由とする。また、GMは釈放された捕虜が再び敵として登場しないようにする。
 PCが捕虜になった場合の生殺与奪はGMが持つ。ただし、可能であればGMは捕虜を投獄するなどして、脱出のチャンスをPCに与える物とする。

 これを我々は「RPGジュネーブ条約」として遵守する事を、全てをしろしめすダイスの神にかけて誓ったのである。

 真剣勝負、すなわち殺し合いというのは残酷な物である。生き残るためにはどんな卑怯な手を使ってでも勝たねばならない。死んでしまっては何にもならないのである。
 だが、どんな極限状態においても、ルールというものはやはり必要なのである。不要な殺戮、無用に残虐な行為、これらはやはり慎むべきなのだ。
 さもなければ、我々のやっている事はゲームではなくなる。ただ鬱憤をはらしたいだけならコンピュータ・ゲームによる一人遊びで十分だろう。
 最近のRPGは死ににくくなった。だからかも知れないが、死というものに対して鈍感にすぎる言動を我々はしていないだろうか?
 自戒と反省の意味をこめて、私はここでどうにも誇れるものではない過去のプレイについて語らせていただいた。
 少しでも心に留めておいていただければ、幸いである。
 以上──


 今は昔の物語である。


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