2003年08月号

エッセイ『妻よ、さらば』

特集: 単発記事
筆者: 志名波諸智

 これは秘密の話である。是非オフレコに願いたいのである。
 夕飯前、本を読んでいて、ハタと思わず膝を打ってしまった。
 そこに心動かすような台詞があったのである。

「わたしは、なによりもまずおまえの未来……洋々たる未来のことを考えるのだ。新しいご治世が、暁のように輝きそめたいま、戦乱の声が、騎士道精神にあふれた若い国王の心を呼んでいる。英雄の熱情に燃える国王がいま必要とするものは、 若くて自由な士官たちの一大隊なのだ。若者はふるい立つ心で矢弾の中に突っ込み、たおれるときに『妻よ、さらば!』と叫んではならない。『国王万歳!』を唱えるのだ」(講談社文庫 A・デュマ作 鈴木力衛訳 ダルタニャン物語7 P35)

 実にオトコの台詞ではないだろうか?
 血腥いのはお許し願いたい。何と言ってもフランス革命以前の話である。
 今ならさしづめ『偉大なる首領様万歳!』……いやいやいやいや、冗談にするには不適切であろう。忘れていただきたい。戦争反対。反対なんだってば。

 閑話休題、私が連想したのは戦争の話なぞではなかったのである。
 つまり、
「新しいゲームが、暁のように輝きそめたいま、セッションの声が、サービス精神あふれたGMの心を呼んでいる。英雄の熱情に燃えるGMがいま必要とするものは、若くて自由なプレイヤーたちの一団なのだ。プレイヤーはふるい立つ心でセッションに突っ込み、たおれるときに『妻よ、さらば!』と叫んではならない。ただダイスを握りしめるのだ」 ということなのである。
 何と分かりやすい台詞であろう。実にオトコの台詞である。

 結婚は人生の墓場である。
 趣味に生きる人間にとってこれほど邪魔なものは無いのである。
 まず、何といっても可処分所得が減るのである。自分の稼いだ給料が自分のものだけでは無くなるのである。一時の冬の時代を過ぎて今や続々と新作ゲームが送り出されてきているというのに、これを買い漁ることが出来なくなるのである。尤も、そんなに沢山ゲームを買って遊んでいる時間があるのか、とい う問題はあるのであるが。やはり、ゲームを買うには十分な吟味が必要であろう。遊ばないゲームというのは概ね不要なのである。不要な買い物はすべきでない。あれ、私は何を言っているのであろうか?
 気を取り直して次に行きたい。結婚すると何といっても自由な時間が減るのである。
 例えば、宿泊型コンベンションに参加申し込みをしていたにも関わらず、当日、風邪をひいて寝込んでみたりすることもあるのである。見捨てて遊びに行っても良いのであるが、やはり、良心が咎めて満足に楽しむこともできないのである。なんとタチの悪い呪いであろうか。仮に自分が病気で寝込んだりした ら、妻は献身的に看病してくれるのである。一人でうんうん唸りながら心細い思いをすることもなくなるのである。そんな心優しい妻をおいて一人で遊びに行くことなどとても出来はしないのである。そんなことが出来るような人間は鬼か蛇か冷血漢なのである、全く許しがたい……あれ?
 子供が出来たりなんかすると最悪である。ルールブックがヨダレまみれになったり、キャンペーンの進行が止まったりなんかするのである。子育てと言うのは重労働なのであってとてもとても大変なのである。大変ではあるが子供と言うのはやはり可愛い。単純にただ重労働というのではなく責任ある喜ばしいことなのである……おや?
 ま、まあ、ともかく独身であれば時間は自分の自由に使えるのである。これは間違いないのである。何と言っても一人なのだから誰に気兼ねも要らない。これは素晴らしいことである。とは言え、家に帰った時温かく迎えてくれる者がいるというのはこれは嬉しいことだったりするのである。仕事で疲れて帰っても一人きりだと結構殺伐とした気分になったりもするのである。やはり、孤独はよろしくない。愛する者が傍らにいるというのは心を癒してくれ……げふんげふん。
 …………。

 ちなみに、先の台詞は三銃士の一人アトスがブラジュロンヌ子爵にした説教である。アトスはかつて若い頃周囲の反対を押し切って稀代の毒婦ミレディーと結婚した前歴を持っている……何のことは無い年長者の語ることと言うのは所詮そんなものなのである。
 さて、夕飯の支度が出来たと妻が呼んでいるので、これで失礼する。妻は料理が上手なので、実に楽しみなのである。
 ちなみに、以上、是非全てオフレコでお願いしたいのである。妻に、これ以上、足元を見られては立場が無いのである。


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