ダンジョンの冬
D&D3Eや3.5Eが発売された今では、世の中の冒険者は我が身の春を謳歌している。豊富なヒットポイント、潤沢なマジックアイテム、横溢する回復呪文などがその象徴と言える。そんな冒険者達にも哀れを誘う程プアな時期があったのだ。
2進数冒険者
D&D3Eでは、どのような冒険者でも1レベル時のヒットポイントはダイスを振り最大値が出たものとして扱われ、最もヒットポイントの低い部類に入るウィザードでも、最初から6程度の値であったりする。更にヒットポイントが0になっても、即座に死ぬわけではなく、0から-9までは言わば瀕死状態で あり、実質的な死はヒットポイントが-10になった瞬間に訪ずれる。であるが故に、古の時代に度々発生した以下の様な現象は起り得無い。
DM : 攻撃命中、んじゃあダメージは……
PC : マスタ、ダメージを算出する必要はありません。何せ私には、「傷付いている」という状態は存在せず、「生きている」か「死んでいる」の2値しか取り得無いのです。
DM : 何故?
PC : (朗らかに)最大ヒットポイントが1だからです。
死ぬまで戦うファイター
今でこそ、クレリックには1から4レベルスペルにキュア・***・ウーンズという呪文が存在し、それぞれスペルレベルD8+キャスターレベル(最大でもス ペルレベル×5)も回復する事が可能だ。更にワンドなんて物が簡単に購入できる。しかしふた昔前では、1レベルに1D6+1、3レベルに2D6+3、4レベルに3D6+5という回復呪文があったに過ぎない。その上となると6レベルの完全回復呪文(ヒール)まで何も無いのだ。にもかかわらず7レベル――そう当時はクレリック呪文は7レベルまでしか無かった――にレイズ・デッド・フーリィという優秀な呪文があった為「死ぬまで戦わせられるファイター」というの が存在した。
ファイター : おいクレリック! もうヒットポイントが残り少ないから回復してくれ。
クレリック : いやまだだ。ヒールはもう無いし、それよりも低いレベルの回復呪文でちまちま回復しても仕方が無い。どうせなら死ぬまで戦え。
ファイター : そんな殺生なっ。
クレリック : 安心しろ、レイズ・デッド・フーリィが残っているから、死んでも即座にヒットポイント全快で復活しすぐに行動できる。更にこの呪文は射程が接触ではないから私も安全だ。
一日一善マジックユーザー
今では0レベル呪文が存在したり、【知力】に応じてボーナス呪文が得られたりとウィザードも沢山の呪文が唱えられるようになった。かかるが故に初期マジックユーザーは1日に1度の善行しか積め無いのだった。
シーフ : げげ、コボルトが5匹もいるぞ。あんなのと正面から戦ったら、命が幾つあっても足りない。ここはスリープで頼むよ先生。
マジックユーザー : 大変遺憾な話だが、それは不可能だ。今日はフローティング・ディスクしか用意しておらんのだ。
シーフ : なんで、そんなもん準備しんだよっ。
マジックユーザー : 無論、持ちきれ無い程の大量な財宝を持ち帰る為だ。
シーフ : 死んじまったら、元も子も無いだろ!
中には、そんな数少ない善行すら積まないマジックユーザーもいた。
レベルの上がらない冒険者
今日(こんにち)のD&Dでは次々とサプリメントが発売され、それらのデータをどう使おうか考えながら、キャラクタはどんどんレベルアップしていく。が、ありし日のD&Dでは、ごくごく単純なレベルアップすらも望めない時期があった。赤箱と呼ばれるクラシックD&Dの基本となるルールブックがある。これは1から3レベルまでの間しか扱えなかったのだ。それよりも上のレベルについては、後から発売された青箱を待たなければならなかった。
PL : マスタ~、俺達もう3レベルになっちゃったから、これ以上レベル上がらないんだけど。
DM : (しばし沈思黙考)ふむ。では君達はダンジョンを彷徨っているとレイスに囲まれた。
PL : おおマスタ、頭良いね。レベルドレインされれば、また2レベルから遊べるじゃん。
彼らは、自分達の論点が完全にずれている事に気が付か無い程D&Dに遊び狂っていたのだ。
豊かなりし21世紀
斯様な暗黒時代を経て、21世紀のD&Dは豊かな冒険者を産み出した。それもこれも、先人の弛まぬ努力のお陰である。もし君の近くに、そんな古強者――懐しい響きだ――がいるならば、古臭いゲーマめ等と邪険に扱わずに、敬おうではないか。もし一緒にプレイしようと誘われたら「いえいえ、皆々様のようなお歴々と机を並べてプレイさせて頂くなど身に余る光栄。私のような若輩ものでは甚だ力量が足りぬかと思いますので、お誘いは大変嬉しいのですが未熟者らしく辞退させて頂きます」と断るのも良いだろう。