紫嶋桜花

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紫嶋桜花

Pebble Awake

「ごらん、お嬢ちゃん。あれがエーデルシュタインだよ」  御者台のおじさんが親切に声を掛けてくれました。私は、乗合馬車の幌のすき間から顔を突き出します。  ちょうど大きな岩山のふもとを回り込むようにして、街道は続いています。その先に姿を見せたのは、白亜の城と、それを囲む城下町でした。  ちょうど城のあたりをてっぺんとして、街は丘の上に築かれているようでした。 「ここからの眺めが一番いいんだよ。近づいちまうと、かえって城壁やら他の建物やらに邪魔されるからな」  おじさんはにこにこと教えてくれます。──神様。  どこの神様だか……はわかってるんだっけ、これから行くところですし。……なんの神様か、はいまいちまだよくわかってない神様ですけど、信者でもない私をここまでお導きくださり、ありがとうございます。  私はケープの隠しに忍ばせた金属製のお守り、父さんの店の物知りな冒険者さんが教えてくれた、ヴェクリュージェ様の聖印を服の上からそっと押さえ、感謝したのでした。  乗合馬車から降ろされたのは、まだ街の門まで距離がある粗末な街並みの外れでした。藁地区と言うところなんだそうです。この街は良質な宝石の産地であり、このところ景気もよく、人がたくさん集まってきて街区の整理がおぼつかないということで。 「あ、でも……あ」  粗末と言っても皆さん小ぎれいな恰好をされてますし、お土産物やさんと思しきお店まで並んでいます。といっても、地面に敷物を広げてそこにいろいろ並べているようなものですけど。通り過ぎながら眺めていると、その中の一つに目が止まりました。 「……これ、聖印ですか?」  ターバンを巻いた、いかにもな風体のお兄さんが出しているお店です。 「そうだよ。一個五百ガメルね」 「…………」  ぼったくりです。 「これはここの神様のありがたーい聖印なんだよ。ちゃんと神殿で祈祷も受けてるからね。  男なら金回りがよく、女なら今より美人になれること請け合いさ」  いえ、買おうと思ったのではなく──懐のものと同じモチーフでしたから、嬉しくなって聞いただけだったのですが。 「えーと、ごめんなさい、聖印なら間に合ってます」 [...]

By |2013-10-17T23:50:21+09:0010月 17th, 2013|Categories: 紫嶋桜花|Tags: , , , , |Pebble Awake はコメントを受け付けていません

Opening

 エーデルシュタインは革地区の川沿い、倉庫が立ち並ぶ一角に、エメトの師匠のアトリエはある。  とはいっても、その辺りによくある細工物や染め物の工房ではない。  魔術師ギルドの一施設──エメトの師匠、オパールは若いながらにギルドの重鎮でもあるタビットのウィザードだ。 「ししょー、今日の昼食はサンドイッチですよー」  午前中の実験が終わり、エメトは寮から携えてきたバスケットを掲げて見せた。銀の髪が一緒に揺れる。  白い毛のタビットは眼鏡を外し、んーと伸びをすると、弟子に問うた。 「あれはある? スモークチキンにー」 「クリームチーズ。もちろんですよー」  オパールの好みは、この数年でしっかり把握済みである。  二人はスクロールや石板、謎の粉が満たされた袋などが侵蝕してきているテーブルをかき分け、食事が載るだけのスペースを発掘すると、傍らの椅子に腰を下ろした。バスケットと共に用意された冷たいお茶のポットを引き寄せて、オパールは口を尖らせた。 「休憩時間はあたしときみは対等なんだし、敬語じゃなくていいって言ってるのに」 「私の敬語は普段からですよー。オパール」  歩んだ年数こそ違うものの同じ魔術師の高みを目指す者同士、そして年もさほど変わらない二人は、打ち解けて互いに友人と認め合うまでさほど時間も掛からなかった。 「……まあ、いっか。お茶美味しいし」  オパールが二人分のお茶を注ぎ、片方に口をつける。エメトはこれまたバスケットの中に入れておいたお皿を取り出すと、形よくサンドイッチを盛った。  ふう、と息をつき、眼鏡を外した瞳に何だか愉快そうな光を浮かべて、オパールは切り出す。 「で、今日はどんな話が聞きたい?」         †  それはまだ、二人が打ち解けたばかりの頃、魔術師ギルドから依頼された、ゴーレムの材料の検分をしながらのこと。 「そういえばきみはどうしてコンジャラーを志したの? [...]

By |2013-10-01T21:48:42+09:0010月 1st, 2013|Categories: フロスト, 紫嶋桜花|Tags: , , , |Opening はコメントを受け付けていません