藁地区

軟玉の従者と琥珀の貴婦人

 今のフレデリカより、先のフレデリカへ。  ルーンフォークたる我が身、いつか不慮の事態で命を落とし。記憶を失って現世に舞い戻ることもあり得るかもしれません。  その時のため、今の私が思うところを、書き綴っておこうと思います。    お嬢様にお仕えして、はや三年となりましょうか。当時のことは、貴方も忘れはしないでしょう。  甚だ僭越なことですが、貴方や私は、当時のお嬢様とよく似た容姿を生まれ持っておりますね。かつて私がご奉公先を探しておりました折、お嬢様の伯父ぎみがこの姿に目を留められ、お嬢様と引き合せてくださったのでした。  初めてお嬢様の姿を目にしたそのとき、貴方や私はこの偶然を定めと思い、お嬢様にお仕えすることを望みました。お嬢様もまた、私の忠誠を受け入れて下さった。それから三年、今も私はお嬢様のお側にお仕えさせていただいております。  お仕えし始めた当時、お嬢様と私は入れ替わって遊べるほどによく似ていましたが、今やお嬢様は更に美しく成長なさり、ルーンフォークたる私は変わらぬまま。それでも、あの頃の姿を留め置くことが、お嬢様にとって何らかの意味を持つことをあるだろうと思い、今も私はこの姿を、自らの誇りと思っております。  ……ええ、私が今もときに女性の装いをすることがあるのは、そのような理由からなのです。お忘れなきよう。    お嬢様は玉のように美しく、また繊細な方でいらっしゃいます。  お嬢様は、お家再興のため危険な旅に出ていらっしゃる、兄ぎみのフレデリック様のことを、心から愛し、涙を流さぬ日はないほどに心配しておられます。……多少、度が過ぎているのではと思えるほどに。  随分と前のことですが、お嬢様が兄ぎみに私を贈ろうとしたこともありましたね。お嬢様の代わりに、兄ぎみの側にいるようにと。  フレデリック様は妹ぎみを溺愛しておられますが、お嬢様に比べればいくらかは冷静であられるので、これは受け入れかねたらしく、私は結局、そのままお嬢様にお仕えしておりますが。  けれど、それ以降も、私がフレデリック様を訪ねることはよくあります。お嬢様と兄ぎみとの間の、手紙や贈り物のやりとりは、私を介して行うようになりましたので。  冒険者であられるフレデリック様は、遠くまで旅をしておられることも多いのですが、拠点となる街は決まっているので、たいていはそちらに伺っております。  ですから私は、何度もこの街を訪れているのです。  その名の通り、宝石のように美しい街、エーデルシュタイン。  フレデリック様がこちらの街を拠点と定められたのも、この美しさと、宝石の名ゆえかもしれません。何しろフレデリック様は、"守りの翡翠"と呼ばれる方なのですから。  騎士位を得られてからは、"翡翠の騎士"と呼ばれることも多くなったそうです。それまでにフレデリック様の経験された苦労に思いを馳せますと、お嬢様にとっても、また私にとっても、感慨深く、また誇らしく思わずにはいられない二つ名です。 [...]

By |2014-08-06T21:54:09+09:008月 6th, 2014|Categories: アザレア|Tags: , |軟玉の従者と琥珀の貴婦人 はコメントを受け付けていません

Pebble Awake

「ごらん、お嬢ちゃん。あれがエーデルシュタインだよ」  御者台のおじさんが親切に声を掛けてくれました。私は、乗合馬車の幌のすき間から顔を突き出します。  ちょうど大きな岩山のふもとを回り込むようにして、街道は続いています。その先に姿を見せたのは、白亜の城と、それを囲む城下町でした。  ちょうど城のあたりをてっぺんとして、街は丘の上に築かれているようでした。 「ここからの眺めが一番いいんだよ。近づいちまうと、かえって城壁やら他の建物やらに邪魔されるからな」  おじさんはにこにこと教えてくれます。──神様。  どこの神様だか……はわかってるんだっけ、これから行くところですし。……なんの神様か、はいまいちまだよくわかってない神様ですけど、信者でもない私をここまでお導きくださり、ありがとうございます。  私はケープの隠しに忍ばせた金属製のお守り、父さんの店の物知りな冒険者さんが教えてくれた、ヴェクリュージェ様の聖印を服の上からそっと押さえ、感謝したのでした。  乗合馬車から降ろされたのは、まだ街の門まで距離がある粗末な街並みの外れでした。藁地区と言うところなんだそうです。この街は良質な宝石の産地であり、このところ景気もよく、人がたくさん集まってきて街区の整理がおぼつかないということで。 「あ、でも……あ」  粗末と言っても皆さん小ぎれいな恰好をされてますし、お土産物やさんと思しきお店まで並んでいます。といっても、地面に敷物を広げてそこにいろいろ並べているようなものですけど。通り過ぎながら眺めていると、その中の一つに目が止まりました。 「……これ、聖印ですか?」  ターバンを巻いた、いかにもな風体のお兄さんが出しているお店です。 「そうだよ。一個五百ガメルね」 「…………」  ぼったくりです。 「これはここの神様のありがたーい聖印なんだよ。ちゃんと神殿で祈祷も受けてるからね。  男なら金回りがよく、女なら今より美人になれること請け合いさ」  いえ、買おうと思ったのではなく──懐のものと同じモチーフでしたから、嬉しくなって聞いただけだったのですが。 「えーと、ごめんなさい、聖印なら間に合ってます」 [...]

By |2013-10-17T23:50:21+09:0010月 17th, 2013|Categories: 紫嶋桜花|Tags: , , , , |Pebble Awake はコメントを受け付けていません
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