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百瀬さんの恐怖の演出論考

 場所は六木宅。
 ころころの五人は、久々のフリーな休日ということもあって、一番ひろくて冷房も効いてて、お手伝いさんがジュースなんかを言わずとも出してくれるという、六木宅で、TRPGに興じていた。
 ただ、いかんせん今回のシナリオは、竜洞のてほどきをうけた百瀬が本気になって組んだ、クトゥルーダンジョンシナリオ。四人のプレイヤーである六木旅子、双月八重子、竜洞二十重は、暑気払いに丁度いいと喜び勇んで参加したのだが、結果は双月を除いて恐怖のあまり机に突っ伏す、という自体になってしまった。
 なにが原因といって、シナリオが怖いのもそうだが、百瀬と双月が気合い入れて恐怖に至るまでのロールをしたせいで、観客ともいえた三人はその恐ろしさに文字通り震え上がってしまったのだ。
 彼女たちは、シナリオ終了と共に机に突っ伏して何とか恐怖から逃れていた。
「双月、今日は助かった」
 気品漂うティーカップの持ち方で、紅茶を一口、喉を潤す程度に飲んで。
「ボクもいろいろ勉強になったからねぇ」
 ふとなにかを閃くと、底意地が悪そうな笑みに悪に唇を歪めて、
「い、いやぁ……なんで、どうしてこんなものをつくったんだよぉ……」
 プレイ中、山場で彼女が言ったPCの台詞を、思いっきり臨場感たっぷりに呟く。すると、突っ伏していた三人の体が小刻みに震えだす。
「あまりそういうことはしない……」
 双月をたしなめ、ティーカップをソーサーに音を立てずに置く。
「ところでさ、百瀬にききたいことあるんだけど……」
「どのようなことだ?」
「どうやってホラー系のシナリオを組んでるの? コツなんかあったら教えて欲しいんだけど」
 そう言って、まじまじと百瀬の顔を見ながら、手近な皿にあるクッキーを一口。
「……かまわないが、どうしてそんなことを?」
「いつも疑問に思ってたんだけど、百瀬のシナリオって、しらない間になんでもないことが怖くなったりするでしょ。そのあたりの秘密を聞かせてほしいんだよね。演劇の台本や役作りでも役立ちそうだし」
「なるほどな。それならいくらでも……」紅茶を一口。「教えてあげるよ」
「へへ~、ありがと~」
 にへへ、と笑ってあぐらをかき、興味深そうに若干前のめりになる。
「役に立ってから、お礼はいってくれればいい。まず、ホラー系シナリオを作る上で、恐怖がどういうものなのか、知らなければならないな。双月は、恐怖がなんだと思っている?」
 たずねられ、はて、と小首を傾げて天井を見上げ、ひとしきりうなったあと、
「ん~、えーと、よくわかんない……」
「だろうな。私が考える恐怖とは、命が危険に陥ったことを知らせるシグナルだと思っている」
「えーと、ああ、確かにそうかも……車が猛スピードで側を走ったりしたら、確かに怖いもの」
「そういうことだ。つまるところ私の書くホラーシナリオは、その命の危険を知らせるシグナルを呼び起こすための技術だといえるな」
「具体的には、どうするの?」
「んー、命の危険、というのは二つの方法で感じさせることができる。まず、突発的な事件、事故。だな。もう一つが、自分がそうと気付かないストレスや限定環境下に置かれ、予測不能の自体が発生したときだろう。私がシナリオで使っているのは、後者の方法で、これは日本の恐怖映画でも使われている手法だ」
「えーと、リングとかみたいな?」
「そう。あれは、日本の怪談の方法論に則った正しい怪談だと思っている。まぁ、正直なところ、あれを見て分析すればすべては解決するのだが……まず、PCの身の回りに、通常ありえないが、実際に起こっても気付かない、些細な異常を起こすんだ」
「たとえば、誰もいない丘から、夜な夜な声が聞こえるとか、砂漠に水が溢れ出す、とか?」
「うん。そういう、不自然な事件をPCの身の回りに頻発させていくんだ。それが、少しずつ不快ではないストレスを与えることになる」
「ストレス?」
「私なりの考えだが、日本の怪談は、ストレスとその解放の繰り返しから、恐怖を感じさせやすくしていると思っている。ストレスは、精神的に追い詰め、情緒不安定にするのに適切な方法だからな。そして、その状態になれば、恐怖も感じやすくなる」
 双月は得心したように手を打ち、なるほどぉ、と感心した。
「最初はなんでもない事件ばかり起こしてたのは、全部そういう理由があったからなんだね? で、気付かない間に、事件に巻き込まれてクライマックスに流れ込む、と」
「うん、そういうこと。で、最後に一人だけ――一番怖がりたかった六木のキャラを生き残したのは、このシナリオの先にどんなことがその身に起きるのか、理解させるためだったんだ。いつか――いずれやってくる狂気は、なによりも恐ろしいものだから。もっとも、双月が臨場感たっぷりに演じてくれたから、ここまでみんな怖がってくれたのだけどな。さ、今日はこれでお開きだ」
 百瀬は、なれた調子でルールブックをてきぱきと片付け始めた。
 それを見ていた双月が、意地の悪い笑みを浮かべ、最後にこう言った。
「百瀬、気付いてなかったようだけど、みんな青い顔して百瀬を見てたでしょ」
「ん? ああ、確かに見てたな。それがどうかしたのか?」
「あれってね、実は百瀬の後ろに血だらけの幽霊が、さびしそうにじーっと百瀬を背中越しに見つめてたからなんだよ?」
 百瀬は、石膏の彫像にでもなったかのように固まり、まったく動かなくなった。
「にしし、ボクはちょっと用事があるから先に帰るね? またね~」
 意地の悪い笑みを浮かべ、双月は部屋を出て行くのだった。

追記

高嶋PONZZさんによります、恐怖を演出するためのノウハウについての記事。登場人物は 小説『富山ころころ』より。 竜洞さんのダンジョン製作講座の続編。

2004年07月号: 恐怖 特集もどうぞ。

こいちゃん
とある時期に空を泳ぐ魚。 風があると嬉しくなる。少量なら雨にあたるのも好きかも。 って、何でこっちに向けたホースをもって蛇口をひねろうとしてるの!? ・・・よろしくおねがいします


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